真冬の福井、吹き付ける雪で視界はほとんど真っ白でした。
手元の温度計はマイナス3度を指し、かじかむ指の感覚はとうにありません。
「佐伯!まだ生コン来ないのか!」
先輩の怒鳴り声が、風の音にかき消されそうになる。
これが、高校を卒業してすぐの僕が飛び込んだ、建設現場の最初の記憶です。
「建設業界って、きついんでしょ?」
「昔ながらの職人気質な人が多そうで、人間関係が心配…」
「休みも給料も、正直どうなの?」
もしかしたら、あなたもそんなイメージをお持ちかもしれませんね。
ご挨拶が遅れました。
現場監督として10年以上、公共工事から災害復旧まで、泥とデータにまみれてきた佐伯直哉と申します。
かつては僕自身も、業界の厳しい現実に何度も心が折れそうになりました。
しかし、現場で流した汗と、そこで働く人々の声に耳を傾け続ける中で見えてきたのは、世間のイメージとは少し違う「建設業のリアルな姿」です。
この記事では、僕がこの目で見てきた机上では決して見えない5つの真実を、包み隠さずお話しします。
この記事を読み終える頃、あなたの建設業界に対するイメージは、きっと大きく変わっているはずです。
人間関係は「見て盗め」の体育会系って本当?
「仕事は見て盗め」
「親方の言うことは絶対だ」
たしかに、僕がこの業界に入った20年以上前は、それが当たり前の空気でした。
厳しい言葉が飛び交い、背中で覚えろと言わんばかりの職人気質な先輩も多かったです。
ですが、時代は大きく変わりました。
慢性的な人手不足という大きな課題に直面し、業界全体が「若手をいかに育て、定着させるか」というテーマに必死で向き合っているからです。
今では「見て盗め」ではなく、「まずやってみせ、丁寧に教え、一緒に考える」という指導法が主流になりつつあります。
もちろん、現場の厳しさが完全になくなったわけではありません。
一瞬の油断が大きな事故につながる世界ですから、安全に関わることでは今でも厳しい声が飛びます。
それは、あなたを嫌っているからじゃない。
あなたの命を守りたいからこその、本気の声なんです。
かつての「上下関係の厳しさ」は、今は「チームで安全を守るための規律」にその姿を変えています。
分からないことを「分かりません」と素直に言える勇気さえあれば、周りの誰もがあなたの先生になってくれる。
それが、今の建設現場のリアルな人間関係です。
「休みなし・残業だらけ」は今も変わらない?
「建設業は休みが取れない」というイメージも、根強く残っていますね。
特に工期が迫った現場の緊張感は、凄まじいものがあります。
私自身、30代の頃に納期を守るため無理な工程を押し通し、結果として大きな施工ミスを出してしまった苦い経験があります。
あの時痛感したのは、数字や図面だけを追いかけ、現場で働く人たちの疲労や心の声に耳を傾けなかった自分の未熟さでした。
しかし、この働き方の問題にも、今、大きな変革の波が訪れています。
その象徴が「2024年問題」です。
2024年4月から、建設業でも時間外労働の上限が法律で厳しく定められました。
これによって、業界全体が「いかに効率よく仕事を進め、休みを確保するか」という課題に本気で取り組まざるを得なくなったのです。
国土交通省の推進もあり、公共工事では週休2日の現場が当たり前になりつつあります。
もちろん、民間工事や下請けの小さな会社まで、すべてに浸透しているかと言えば、まだ道半ばなのは事実です。
ですが、重要なのは「長時間労働は美徳ではない」という価値観が、業界の共通認識になったこと。
これからは、ただガムシャラに働くのではなく、「どうすれば皆がしっかり休み、最高のパフォーマンスを発揮できるか」を考える段取り力こそが、評価される時代なのです。
それはまるで、美味しい料理を作るための段取りと同じ。
どの作業から始め、どのタイミングで火を入れ、誰に何をお願いするか。
その采配一つで、現場の未来は大きく変わります。
給料はやっぱり安いまま?
「きつい仕事のわりに、給料が安い」
これも、よく聞かれる声の一つです。
しかし、データを見てみると意外な事実が見えてきます。
実は、建設業の平均年収は、日本の全産業の平均を上回る傾向にあるのです。
もちろん、これはあくまで平均値。
経験や役職、持っている資格によって大きく変わるのは言うまでもありません。
現場で汗を流す作業員から、図面を描く設計、そして僕のような現場全体を管理する施工管理まで、様々な職種があります。
特に、施工管理技士や建築士といった国家資格を取得すれば、20代でも年収500万円以上を目指すことは決して夢ではありません。
僕が若手にいつも言っているのは、「給料は我慢料じゃない、お前が持つスキルと信頼への対価だ」ということです。
言われたことをこなすだけでなく、次の工程を予測して準備する。
職人さんたちと積極的にコミュニケーションを取り、円滑な人間関係を築く。
新しい工法や技術を学ぶ意欲を持つ。
そうした日々の小さな努力の積み重ねが、やがて「あいつに任せれば大丈夫だ」という信頼に繋がり、必ず給与という形で返ってきます。
建設業界は、あなたの頑張りが正当に評価される場所なのです。
「危険」と隣り合わせなのは変わらない事実
ここまで、変わりつつある建設業界のポジティブな側面をお話ししてきました。
しかし、これだけは決して忘れてはいけない、という厳しい現実があります。
それは、「安全」の問題です。
残念ながら、仕事中に命を落とす方の数が、全産業の中で最も多いのが建設業だという事実は、今も変わっていません。
その多くは、「墜落・転落」といった、基本的な安全対策を怠ったことで発生する事故です。
「これくらい大丈夫だろう」
「いつもやっているから」
そんな、ほんの少しの油断や慣れが、取り返しのつかない事態を引き起こす。
僕も現場で、ヒヤリとする瞬間を何度も経験してきました。
だからこそ、私たちは朝礼での安全確認や、危険予知活動(KY活動)を毎日欠かさず行います。
面倒に思えるようなルールの一つひとつが、過去の悲しい事故の教訓から作られているのです。
僕の信条は、「現場は嘘をつかない」ということ。
整備されていない足場、整理整頓されていない現場は、必ず事故という形で私たちに警告を発します。
机上の正論よりも、現場に落ちている一本の釘、ヘルメットのあご紐の緩み、そういった泥の中にある小さなサインに気づけるかどうかが、プロの仕事だと考えています。
楽な仕事ではありません。
しかし、無事に一日を終え、仲間たちと「お疲れ様」と声を掛け合う瞬間の安堵感は、何物にも代えがたいものです。
一歩でも、安全に、確実に。
それが私たちの揺るぎない誓いです。
この業界に「未来」はあるのか?
「少子高齢化で、建設業界は先細りじゃないか?」
確かに、人手不足と働く人の高齢化は、私たちが抱える最も深刻な課題です。
ですが、僕はむしろ、だからこそ大きなチャンスが眠っていると考えています。
人が足りないからこそ、業界は今、急速に「DX(デジタルトランスフォーメーション)」へと舵を切っています。
ドローンで測量を行ったり、AIが工事の進捗を管理したり、タブレット一つで図面の共有や指示出しができたりと、10年前では考えられなかったような技術が次々と現場に導入されているのです。
もちろん、業界の9割以上を占める中小企業では、まだまだ紙やFAXが現役なのも事実。
しかし、スマホのアプリで日報を管理したり、チャットツールで情報共有を効率化したりといった「小さなDX」から始める企業は確実に増えています。
実際に、「テクノロジーで建設業界をアップデートする」というビジョンのもと、中小企業のDX化を支援するブラニューのような専門企業も登場しており、業界全体で変革を後押しする動きが加速しています。
これからの建設業界で求められるのは、単に力仕事ができる人材や、経験豊富なベテランだけではありません。
ITツールを使いこなし、現場の知恵とデータを掛け合わせることで、新しい建設のカタチを創造できる人材です。
建設とは、バラバラの資材や人を繋ぎ合わせ、一つの建造物を創り上げる仕事。
そしてこれからのDXとは、技術と人を繋ぎ、業界の未来を創っていく仕事です。
あなたがもし、古い体質を変え、新しい風を吹き込みたいと考えるなら、こんなに面白い舞台はありません。
まとめ
最後に、今日お伝えした「5つの真実」を振り返ってみましょう。
- 人間関係: 「見て盗め」は過去の話。今は「チームで育て、安全を守る」文化へ。
- 働き方: 「2024年問題」を機に、長時間労働の是正と休日確保が業界全体の課題に。
- 給与: 全産業平均より高い水準。スキルと信頼を積み重ねれば、正当な対価が得られる。
- 安全: 依然としてリスクは高い。だからこそ、安全への意識が何よりも重視される。
- 将来性: 人手不足だからこそDXが進展中。新しい技術とアイデアを活かすチャンスに満ちている。
建設の仕事は、地図に残る仕事です。
自分が関わった建物や道路が、何十年もそこに残り、人々の生活を支え続ける。
これほど大きな誇りとやりがいを感じられる仕事は、そう多くはないと僕は思っています。
この記事が、あなたの未来を考える上での、一つの道しるべとなれたなら幸いです。
もし、少しでも心が動いたなら、まずは建設会社のインターンシップや現場見学会に参加してみてはいかがでしょうか。
現場の空気、働く人の表情、機械の音。
そのすべてが、あなたに新しい何かを語りかけてくれるはずです。
机上の正論より、泥の中の知恵を。
現場で、あなたという新しい仲間に出会える日を楽しみにしています。
